昔、読んだ春日井恵一さんの「アカテン教師梨本小鉄」の単行本に「坂本龍馬は31歳でこの世を去り・・・」と、何人かの幕末の志士が亡くなった年齢のことを書いていました。
今日、自分は34歳となりました。生死をかけて何かを行うという経験が無く、自由奔放に生きてきました。幕末の志士のように生死をかけて自分のため、人のため、日本のため、何のためかはわかりませんが、30代はおろか、20代半ばでもそのようなことは自分の周りでおきず、それでも自分なりに精一杯生きてきました。
同じ34歳でこの世から旅立った方にサッカー元日本代表の松田直樹さん、F1レーサーのアイルトン・セナ、俳人の正岡子規、そして人類初の宇宙飛行に成功したガガーリンなど、歴史に名を残す偉業を成し遂げた方々がいらっしゃいます。
この方々のように、人々の記憶に残る何かをしてこれたのだろうか?と考えると万人には無理でも、ここ10年で多くの友人が増えたことを考えると良きにしろ悪しきにしろ記憶に残る何かをしてきたのではないかと漠然と考えております。
自分の行動を振り返ってみると、子供っぽい行動が多いというか、周りの友人に囲まれると歳を忘れてすぐに学生気分に戻り「あぁ、またくげのばかが」と笑いながら乗ってくれてありがたい限りです。
ただ、自分の親と比較してみますと、両親がが30歳の時に私が誕生し私の年齢である34歳の時には私は4歳。両親と同じ年齢になってもいまだにふらふらしている子供に心配をかけてばかりいて本当に申し訳ないです。だから、この年齢になっても子ども扱いしたくなるのだろうかと。
相手はいないけれども、結婚にあこがれもあれば不安もあります。これまで小学1年生から中学生になることに不安を感じ中学では高校生に、高校では大学生に、大学では就職することにすべて「本当にできるのだろうか」という不安を抱えてました。結果としてそれぞれ上がった時になるようになるさ、ということでこれまで乗り切ってきました。ケセラセラ。それが持ち味でありながら、それに甘え続けてきた自分を見直す時がきたのかもしれません。
ケセラセラを考え直すきっかけとなった出来事の一つに3月11日の大震災があります。私は幸い1日の停電だけで済んだので、当事者意識というものは低いですが、あの時ほど家族に毎日電話した日はないですし、ちょっとした余震でもすぐに親戚に連絡をとったり、友人の安否を確認したり、そして仙台のホテルから眺めた太平洋の方角は緑の水田地帯がすべて茶色の爆心地のように荒地となっていたことに何を言えばわかりませんでした。昨年の33歳になったときから3月11日までの1ヶ月ちょっと。それ以後は自分の中で33歳という年齢の針が止まってしまったように思えます。無かったことにしたいとか、歳をとりたくないとかではなく、今日新たに34歳という年齢になったことは33歳の延長戦と位置づけております。
今年は33歳からの2年分、思いっきり濃密な歳をとることができればと。針を止めることはない。そろそろ油をさしてメンテナンスしてやらなければならないと。3月11日に抱えた漠然とした不安はこれからも一生続いていくならば、それも取り込むのが自分じゃないのか。ケセラセラ。
どの年齢になっても「寂しさとむなしさと疑い」を抱えているけれども、これまでどうにかして乗り切ってきたのだから。34歳もケセラセラ。行き着くところはケセラセラ。やりたいことどんどんやらさせていただきます。
今年1年は濃密に濃密に。歳をとっても若さと馬鹿さを勘違いしているくげを今年もよろしくお願いいたします。