くげ日記 blogになれば くげ風呂に
 
<< 2015年10月12日のつぶやき | main | 2015年10月13日のつぶやき >>
松島ハーフマラソン前日譚
昨年あたりからエッセイマンガが好きでよく買っています。
その中でも、旅ものやチャレンジものが多いたかぎなおこさんの本を買っては、参考にしていろんな土地や店に行くこともしばしば。

その中でも自分とは無縁だと思っていたマラソン。たかぎさんの本で「マラソン1年生」「マラソン2年生」こちらはたかぎ先生自身がマラソンを初めて、ホノルルマラソン完走を目指す内容となっています。
全国各地のマラソン大会について書かれていますので、旅ガイドとして読んでいた時に、ふと小中学生の頃を思い出しました。

小学生のころ、学年別マラソン大会は1学年60人程度。大体40位ぐらいの順位。当時の私は運動音痴、足は遅い。足が遅いからマラソンも苦手だと勝手に思い込んでいました。
事件が起きたのは小学5年生。この時のマラソン大会で、スタートし下り坂に差し掛かった時に思いっきり転んでひざが血まみれに。しばらく足を引きずって走り、初めてのビリ。この時ばかりは悔しくて悔しくて。普段は運動音痴な私でもこればかりはどうにかしなければならないと。
小学6年生のマラソン大会1か月前から夜8時から30分ランニングをする生活を始めることに。テレビっ子だった私が、それを蹴ってまでマラソン大会でいい順位を出したいという思いから走り続け、本番では28位。小学校に通い続けて初めて半分より上の順位に入ることができました。
この時から、運動は苦手でも何かコツさえあれば一気に解消できるのだと。

中学生でバドミントン部に入部した時に、バドミントンは弱かったのですが、外でも練習は強かった。県大会に行くメンバーなどを抑えて長距離では1位を連発。周りからは「陸上部に入ったほうがいいんじゃねえか」と言われるほど。
中学時代に部内とはいえ長距離が強かった理由は「一定のペース」と「決して足を止めない」を実践していただけです。これは自信につながりましたが、高校からは文化部に。
青森時代もちょこちょこ走ってはいたものの3キロから5キロ程度。走った後にビリーズブートキャンプをやっていましたが(笑)

2015年になり、そろそろ体力の衰えを感じる30代後半、中学時代の「足を止めなきゃいい」を守れば今でもマラソンできるんじゃないか?と思い立ち、後戻りできないように諭吉さんのランニングシューズを買って、6月から30分ランニングを始めました。大体5キロ前後を走り3週間。
このころに、このまま4か月頑張り続ければハーフマラソン完走できるだろうという考えから6月30日に松島ハーフマラソンにエントリー。今考えれば5キロや10キロにエントリーすればよかったのですが、ハーフという言葉に引きずられ思わず参加。
最初の1か月は週に3、4回走る特訓を続け、たまには長距離をとコボスタの1周2.6キロを4周する、約10キロランに挑戦。
10キロを走り切ることはできたのですが、翌日から左ひざを痛めてしまい2週間ほど痛みが引かない状態。結局大事をとって7月はランニングを休み、8月は家庭の事情で走るどころではなかったのでこれも休み。心に余裕がなかったのですが「走っているときは余計なことを考えなくてすむ」ことを思い出し8月末よりランニングを再開。

9月は週に2回程度だけれど、1回は実家の周りを1時間。私の実家はアップダウンが激しいコースとなっており、結果的に坂道訓練に。もう1回はコボスタや台原森林公園を周回して14キロ近く90分走る訓練を。
回数は少なくなったけれど、濃密になったランニングは10月4日に行われたモノシリーズ前に90分ランニング。そのおかげからか、前回参加よりもボード正解や立正解を重ねて殿堂入りも2回。みんな!クイズの前にランニングしよう(笑)と言いたくなるぐらい。

シューズを買ったランニングショップの店員さんが「10キロ走ることができればハーフを走ることできますよ」という言葉に勇気をもらい松島ハーフマラソン当日・・・は次の講釈!
次回は松島ハーフの感想とゼッケンナンバークイズの正解者発表だよ!
【2015.10.13 Tuesday 23:07】 author : くげ
| くげランニング | comments(0) | - |
スポンサーサイト
【2018.11.13 Tuesday 23:07】 author : スポンサードリンク
| - | - | - |
この記事に関するコメント
コメントする